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東京高等裁判所 昭和34年(行ナ)17号 判決 1963年10月24日

原告 鹿熊鉄

被告 特許庁長官

主文

昭和三一年抗告審判第三〇六号事件につき特許庁が昭和三四年三月一九日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

(当事者の申立)

一、原告

主文同旨の判決を求める。

二、被告

請求棄却の判決を求める。

(当事者の主張)

第一、請求の原因

一、原告は、「完全脱色法」なる発明につき昭和二九年二月一八日特許を出願したが(昭和二九年特許願第三、〇二八号)、昭和三一年一月一八日付で拒絶査定を受けたので、同年二月一七日抗告審判の請求をしたところ(昭和三一年抗告審判第三〇六号)、特許庁は、昭和三四年三月一九日右抗告審判の請求は成り立たない旨の審決をなし、その審決書謄本は同年四月七日原告に送達された。

二、審決は、本件発明の要旨は明細書中特許請求の範囲の項に記載されたとおりと認めるとし、これと拒絶査定の引例(荒木鶴雄著「活性炭素」一〇七―一一〇頁)の記載とを比較し、本願発明の方法では、圧濾器に活性脱色剤の懸濁液を送入して枠内にあらかじめ活性炭層を作り、次に脱色用原液を送入して該原液を脱色するのに対し、引例方法では、圧濾器を使用し脱色するに際し、あらかじめ枠内に活性炭層を作ることなく脱色用原液に活性炭を混入したものを圧濾器に圧入する点において相違しているが、後者のように活性炭を脱色用原液に混入して圧濾器内に圧入しても活性炭層が枠内に形成されることは、引例における「脱色炭の充分濾過用布の上に止まりて漸次餠状に堆積せし時……」との記載によつて明らかであるから、両者は脱色の作用において実質的に同一と認めざるを得ないと説示し、結局本願発明は、右引例より容易に推考し得る程度のものであり、旧特許法(大正一〇年法律第九六号)第一条所定の特許要件を具備しないと判断しているのである。

三、しかしなが、右審決は、次に述べるように判断を誤つた違法があり、取り消されるべきである。

(一) 本件特許出願にかかる発明の要旨は、「それぞれ別種の通孔を具備する濾鈑の間に濾枠を挟持し原液通孔と洗滌水通孔とを具備する既知の洗滌圧濾器を使用して、先ず原液入口から活性脱色剤の懸濁液を送入して枠内に活性炭層を作り、次に脱色用原液を洗滌水入口から注入し活性炭層を通過せしめて濾液を採集することを特徴として成れる完全脱色法」である。

洗滌式圧濾器を使用して脱色を行なうのに、従来の方法は、脱色剤の懸濁液中に被脱色物を投入攪拌して作つた混合液を原液入口から注入して濾過したうえ濾液を脱水するのであるが、本発明では、活性脱色剤の懸濁液と脱色されるべき原液とを別々に作り、まず前者を原液入口から送入して枠内に活性炭層を形成し、次に後者を洗滌水入口から枠内に注入し、右活性炭層を順次通過せしめるのであり、原液は最初に浸透する活性炭層で第一次平衝状態に脱色され、次の新鮮な活性炭層を浸透する際第二次平衝状態に脱色され、逐次このようにして脱色作用を受け、遂にはほとんど全く脱色されて流出するのである。(明細書における特許請求の範囲の記載中「クロマトグラフ法の原理に基き」とあるのは、前記のようにして被脱色原液中の着色性溶質が活性炭層に吸着され逐次平衝状態に脱色される作用についての註釈的文言であつて、その文言自体は本件発明の要旨の構成要件をなしているものではない。)

(二) 拒絶査定および審決に引用されている刊行物記載の方法は粗糖の精製に使用されるものであるが、これは前記の従来方法に属するものであつて、粗糖液(被脱色原液)と活性炭の懸濁液(脱色液)とを鉄製接触槽中で攪拌し接触せしめ、平衡状態に至るまで(すなわち活性炭が原液中の色素を相当量吸着し、もはやそれ以上吸着しない状態に達するまで)脱色せしめて、圧濾器によつて濾過し、このような混合吸着法をくり返して精白の目的を達するのである。

(三) そこで、本件発明の方法と引例の方法との相違点を分説すれば次のとおりである。

1 脱色資料の取扱いの点

前者にあつては、脱色資料を溶質としてこれを溶剤に溶かしたものを原液とし、別に脱色剤(色素吸着剤)の懸濁液を作り、同液の注入により枠内に形成した脱色剤の湿つた塔層中に前記原液を浸透せしめ、溶質を上層から下層(ここに上層、下層とは、流体の方向に従つていう。)に至るまで順次に接触せしめるのに対し、後者にあつては、原液と脱色剤とを混合攪拌し、これによつて溶質を脱色剤に一次的に接触せしめる。

2 圧濾器の使用方式の点

前者にあつては、圧濾器の原液注入口から脱色剤の懸濁液を注入し、これを圧濾器の枠鈑間に導いて濾布から濾出せしめ、枠鈑間に脱色塔を構成した後、圧濾器の洗滌水注入口から原液を脱色塔の上層に送入し脱色剤層を通過せしめる方式をとるのに対し、後者にあつては、前記混合液を圧濾器の原液注入口から注入してこれを圧濾器内の濾布側に導き、ここで混合液中の脱色剤を濾布に止め、被脱色液のみを分離して枠鈑内に流入せしめるのである。

3 作用効果の点

前者にあつては、脱色剤層形成後、最切に圧入される原液は、枠鈑間の脱色剤層中最上層(最初に接触するところ)における色素吸着作用により第一次平衡状態に脱色され、次いでこれに続く層における吸着作用により第二次平衡状態に脱色され、以下遂次後続層で脱色作用を受け、かくして原液が脱色剤層を流下して枠鈑の漏出口から漏出するまでに脱色作用がほとんど完遂される。その次に圧入される原液は、先行液に作用しなお幾分色素吸着能を残存する脱色剤層を浸透通過する毎に遂次平衡状態に脱色され、遂に未作用の脱色剤層で十分に脱色されて流下し、その後逐次圧入される原液が結局十分に脱色されずに流下する頃には、脱色剤層はほとんど吸着能が尽くされたこととなる。したがつて、一回の連続圧入工程により原液の十分な脱色効果と脱色剤層(活性炭層)の十分な使用効果とを一石二鳥式に達成することができる。

これに反し、後者にあつては、色素吸着作用は、圧濾器外における接触工程で一次的に或る程度行なわれるだけであるから、完全に脱色するためには何回も同一の操作をくり返さねばならない。また活性炭の色素吸着能を十分に使用するためには、一応平衡状態に達した濾枠内の堆積炭層に新しい混合液を圧入し、さらにまた右の堆積炭層を取り出して原液と混合接触せしめ、これを最切のように圧濾器に圧入して濾過する工程を行なうというように、時間的、労力的な不利益を免れないのである。

(四) 審決は、引例の刊行物に「脱色炭の充分濾器用布の上に止りて漸次餠状に堆積せし時……」とあることから、引例の方法によつても活性炭層が枠内に形成されるので脱色作用において本件発明の方法との間に実質上の差異はないとしているが、圧濾器外での混合接触により既に平衡状態に至るまで吸着作用を営んだ脱色炭は、同一の混合液の濾過に際して第二次の吸着作用を営むことはあり得ないわけである。審決は、前項で述べた両者の相違を看過したものであり、本件発明が引例の記載から容易になし得る程度のものにすぎないと判断し、本件発明の特許性を否定したのは違法といわねばならない。

第二、請求原因に対する答弁

一、請求原因一・二の事実は認める。

二、同三の原告の見解についてはこれを争う。

(一) 引例の方法は、あらかじめ粗糖原液に活性炭を混入しておいたものを、常法により圧濾器を通過させることにより、粗糖原液を濾出するとともに、濾布間に炭層を形成するのであるが、この炭層における活性炭にはなお色素吸着能が残存しているので、その後引き続き新しい粗糖液を圧入して右活性炭により脱色を行なうことができるわけである。この場合、右の新しい粗糖液を圧濾器のどの入口から圧入するかは引例の刊行物に明記されていないが、どの入口から圧入するにしても、右第二回目の場合は、あらかじめ圧濾器内に作られた活性炭層の中に粗糖原液を導入するという点においては、本件発明の方法と一致するのである。ただ、本件発明の方法においては活性炭と水のみによつて圧濾器中に活性炭層が作られるのに対し、引例の方法では水のかわりに粗糖液を使用したという差異があるにすぎない。そして、引例の刊行物には、第一回目の活性炭の使用法すなわち粗糖液の脱色法も第二回目のそれも全く均等として記載されている。

(二) また、本件発明の方法において圧濾器のせまい濾布間に粗密のない均質の活性炭層を作ることはかなり困難であつて、作られた炭層が不均一な場合には活性炭の色素吸着能が十分使い尽くされないという損失があり、また活性炭層を作る操作も原液を圧濾器に圧入して脱色する操作も同様の操作であるから、これを分けて行なうことは時間的に無駄である。これに対し引例の方法では、活性炭と粗糖液とを接触槽で攪拌し、活性炭の各粒子と粗糖液の接触を十分ならしめることができ、この混合液を圧濾器を通過させて混入した炭末を除去し、同時にその炭末をもつて活性炭層を作るのであるから、むしろ引例の方法の方が手数に無駄がなく、同一時間内に同量の活性炭をもつて同種同量の原液を脱色する場合には、その効果において引例の方法の方がまさることは当然であり、したがつて本件発明の工業的利用性はほとんど認められないというべきである。それゆえ、審決において、本件発明が引例の記載から当業者の容易になし得る程度を出ないものであると判断したことになんら誤りはない。

(三) なお、本件発明および引例の方法は、いずれも洗滌式圧濾器を使用するものであるが、これを使用せずして粗糖液を脱色するには、骨炭塔を使用して炭層を作り、その上部から粗糖液を流下し、下部から脱色糖液を流出させる方法が、本件特許出願前より普通に行なわれているのであり、圧濾器を使用する方が装置を小型になし得るという利点はあるが、脱色作用自体は、右の方法も本件発明の方法も実質上同様のものということができる。

(四) 以上の次第で、本件発明の方法と同様な脱色方法は、本件特許出願前より、圧濾器を使用し或は使用せずして普通に行なわれていたのであるから、審決において本件発明が特許要件を具備しないと判断したのは当然である。

(証拠関係)<省略>

理由

一、請求原因一および二の事実については当事者間に争いがない。

二、成立に争いのない甲第一号証および口頭弁論の全趣旨によれば、本件特許出願にかかる発明の要旨は、「それぞれ別種の通孔を具備する濾鈑の間に濾枠を挾持し原液通孔と洗滌水通孔とを具備する既知の洗滌式圧濾器を使用して、先ず原液入口から活性脱色剤の懸濁液を送入して枠内に活性炭層を作り、次に脱色用原液を洗滌水入口から注入し活性炭層を通過せしめて濾液を採集することを特徴とする完全脱色法」にあるものと認められる。(甲第一号証の特許出願書添附の明細書中特許請求の範囲の項には、「(前略)次に脱色用原液を洗滌水入口から注入しクロマトグラフ法の原理に基き活性炭層を通過せしめて(後略)」とあるけれども、右の「クロマトグラフ法の原理に基き」なる文言は、これに関する原告の主張その他口頭弁論の全趣旨よりみて本願発明の構成に缺くべからざる事項に当たらないものと認めるべきである。)

三、次に成立に争いのない乙第一号証の一によれば、審決引用の刊行物である荒木鶴雄者「活性炭素」(昭和七年丸善株式会社発行第二版)一〇七―一一〇頁には、粗糖液の脱色方法として、粗糖液と脱色炭とを接触槽中で混合攪拌し、これによつて事実上脱色操作の完了した混合液を圧濾器に送入し脱色炭と分離すること、右の脱色炭の混じた粗糖液を濾過器へ送入するには、初めは弱い圧力のもとにこれを行ない、脱色炭が充分濾過用布の上に止まつて漸次餠状に堆積した時に圧力を加え、その後は一様の圧力の下で濾過操作を進行せしめること、かくして脱色せられた糖液は第二の圧濾器(通常は袋濾過器)に送られ、ここで圧濾器から洩れてきた脱色炭が充分濾過されること、初め接触槽で粗糖液と接触した脱色炭は、なお幾分の脱色能力を残有しているので、これを利用するため二・三回まで新しい粗糖液と接触せしめること、第二回目には圧濾器内で右脱色炭を新しい粗糖液と接触せしめ、第三回目は圧濾器から湿つた板状のまま取り出し再び接触槽に投じ新らしい粗糖液と接触せしめて圧濾器で濾過する。このように二―三回連続して使用した脱色炭はほとんど色素吸着の全能力を出したものであるから、これに洗滌・吸着した有機物質の除去等の工程を経て再焼成を行なう旨の記載のあることが認められる。

すなわち、引例記載の方法のうち洗滌式圧濾器を使用するのは、(イ)脱色せらるべき原液を接触槽の中で脱色炭(活性炭)と混合攪拌して脱色した後、その混合物を圧濾器に送入濾過し、濾液すなわち脱色した液を分別採集する場合と、(ロ)右(イ)の工程により圧濾器の濾過用布の間に堆積した活性炭の残存吸着(脱色)能力を利用するため、新しい別の脱色せらるべき原液を圧濾器に送入し右活性炭層に接触させる場合とがあるわけである。

四、1、そこで、まず本件発明の方法と右引例の方法中(イ)の場合についてこれを比較するに、前記三の認定事実と甲第一号証、成立に争いのない同第八、第九号証を総合すれば、後者は、脱色作用が接触槽中において一次的に行なわれ、圧濾器は脱色作用後における活性炭と原液の濾過分離のため使用されるものであるに対し、前者にあつては、脱色作用は、圧濾器の濾枠内に形成された各活性炭層を原液が順次浸透し逐次後位置にある活性炭に接触することにより、多次的に色素の吸着平衡がくり返され、遂にほとんど完全に脱色が行なわれて流出すること、後続の原液は先行原液の脱色に作用した活性炭層の残留吸着能で順次脱色作用を受けること、活性炭層の色素吸着能力の消耗は先位置のものから順次後位置のものに及び、遂には脱色されない原液が流出するに至ること、同一の圧濾器と同量の活性炭を使用し、同量の原液につき温度・圧力等の条件を等しくして前者の方法と後者の方法とを施用するときは、前者の方が後者よりも短時間で著しくすぐれた脱色効果を得られること、この場合後者の方法によつて前者の方法と同程度に高度な脱色効果を得るためには同じ操作をくり返し行なわれなければならないことが認められる。

2、次に、本件発明の方法と引例の方法中(ロ)の場合とを比較するに、脱色せらるべき原液を圧濾器の枠内に形成した活性炭層を通過させて脱色を行なうという点では同じであるが、後者における活性炭は、先に前記(イ)の脱色操作を経たことにより色素吸着能力の低下したものであつて、その残存吸着能を利用するものにすぎず、その脱色効果も(イ)の方法による脱色効果よりさらに劣ることは自明というべきであり、したがつてまた本件発明の方法に比し、脱色効果において著しく劣ることも当然である。なお、引例の方法による脱色の操作は、(イ)の方法が主たるものであり、(ロ)の方法はむしろ附随的なものといつても差支えないことは前記引例の記載に徴して明らかである。

3、以上によつてみれば、本件発明の方法と引例の方法とは、均しく洗滌式圧濾器を使用するとはいえ、脱色操作の方法を異にし、脱色効果においても顕著な差異が存するのであるから、本件発明の方法は、引例の公知方法より容易に想到実施し得べきものとするのは当を得ないものというべきであり、これに反する被告の見解は採用することができない。

五、被告は、骨炭塔を使用して炭層を作り、その上部から粗糖液を流出させる脱色方法は本件特許出願前から普通に精糖工業に使用されてきたものであり、本件発明はこれより容易になし得る旨主張する。しかしながら、かゝる主張は、原告の出願にかゝる発明を拒絶すべき理由として審決の全く言及しないところであり、前記引用刊行物の記載より容易に実施し得べきものとして、これを拒絶すべきものとなした本件審決の適否を判断すべき当裁判所において、にわかにこれを主張することは許されないものと解せられるばかりでなく、これを実質についてみても、本件発明は、洗滌式圧濾器を使用し、その枠内にあらかじめ活性炭層を形成することを発明の要旨を構成する必須要件としているものであり、更に成立に争いのない乙第一号証の三によれば、つとに植物性脱色炭の脱色力が骨炭のそれに比し遥かに強大であることが明らかにされていたにもかかわらず、精糖工業界において従来一般に行なわれてきた骨炭脱色法による工場操作を植物性脱色炭による精製操作に切り替えることが容易に行なわれなかつたことが認められること(しかも、骨炭塔による脱色法よりも圧濾器による脱色法の方が装置を小型になし得るという利点を有することは被告も認めているところである。)を総合すれば、前記骨炭塔による脱色法が公知であつたとしても、本件発明がこれより容易になし得るものとすることは妥当でなく、被告の前記主張は採用することができない。

六、以上説明のとおりであるから、本件発明が引例刊行物の記載により容易になし得るものとしその特許要件を否定した本件審決は判断を誤つた違法があるものというべく、したがつてその取消を求める原告の本訴請求は理由があるのでこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 原増司 山下朝一 多田貞治)

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